はじめに
運送業の給与計算では、制服代や寮費のほか、事故の賠償費用や資格取得費用の精算など、給与から一定額を差し引く場面が少なくありません。
しかし、労働基準法第24条には「賃金の全額払いの原則」があり、所得税や社会保険料などの法令で定められたもの以外を無断で天引きすることは、たとえ少額であっても法律違反となります。
この原則の例外として、税金や保険料以外の項目を給与から差し引くために必要となるのが「賃金控除に関する労使協定(通称:24協定)」です。
なぜ労使協定の締結が必要なのか
労働基準法第24条第1項では、賃金は「その全額を支払わなければならない」と定めています。
これに違反した場合、労働基準監督署の調査において是正勧告の対象となるだけでなく、未払い賃金として訴求されるリスクも生じます。
この全額払いの原則の唯一の例外(法令による控除を除く)が、書面による労使協定を結んでいる場合です。
この協定を締結して初めて、制服代や親睦会費、寮費、あるいは会社が立て替えた費用の精算などを、適法に給与から天引きすることが可能になります。
運送実務における「事故賠償金」と「資格取得費用」の取り扱い
運送業において特にトラブルになりやすく、注意を要するのが「事故による損害賠償」と「大型免許等の資格取得費用」の控除です。
事故賠償金に関する注意点
まず、労働基準法第16条により「事故を起こしたら一律〇万円を賠償させる」といった賠償額をあらかじめ定める契約(賠償予定の禁止)は禁じられています。
そのため、労使協定に「事故賠償金」という項目を入れていたとしても、会社が事前に決定した額を天引きできるわけではありません。
また、実務上、給与から控除を行うには、実際の損害額が確定した後に、本人の自由な意思に基づく真摯な同意と、署名・捺印のある個別の同意書)を得ることが極めて重要です。
この手順を欠いた天引きは、全額払い原則違反とみなされるリスクが非常に高くなります。
資格取得費用の貸付金と控除
運送会社では、ドライバーの大型免許や運航管理者、フォークリフト等の資格取得費用を会社が立て替え、一定期間勤務することで返済を免除する仕組みを導入しているケースが多く見られます。
この費用の未精算分を退職時や毎月の給与から控除する場合も、24協定にその旨を記載しておく必要があります。
ただし、これが「一定期間働かなければ多額の金を支払わせる」という不当な拘束(労働基準法第14条・16条違反)とみなされないよう、あくまで「教育資金の貸付金」としての契約実態を整え、その返済計画の一部として控除を行うという形式をとる必要があります。
労使協定の作成と運用の実務ルール
賃金控除に関する労使協定を有効に機能させるためには、適切な手順で作成し、運用しなければなりません。
まず、協定を締結する相手方は、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者を選出する必要があります。
この過半数代表者の選出にあたっては、会社が指名するのではなく、投票や挙手といった民主的な手続きを経て選ばれた人物である必要がある点に注意が必要です。
協定書を作成する際は、控除する項目の種類を具体的に明記します。
「制服代」「親睦会費」「寮費」「資格取得貸付金」「仮払金精算」といった項目を網羅的に記載し、支払日や計算方法を定めます。
作成した協定書は、労働基準監督署へ届け出る必要はありませんが、事業所に備え付け、従業員がいつでも内容を確認できる状態にしておく周知義務があります。
有効期間については、実務上の手間を考慮すると、特段の申し出がない限り「1年間ずつの自動更新」とする条項を含めることが好ましいでしょう。
これにより、毎年結び直す負担を減らしつつ、常に適法な状態を維持することが可能になります。
ただし、控除項目や金額の算出方法に変更が生じた場合には、その都度、新しい協定を締結し直す必要があります。
最後に
賃金控除に関する労使協定は、給与計算の正確性を担保するだけでなく、会社を法的なトラブルから守るための不可欠な書類です。
所得税や社会保険料以外に1円でも給与から差し引いている項目があるならば、今一度、手元の協定書にその項目が正しく記載されているか、そして有効期間が切れていないかを確認してください。
特に事故賠償や資格取得費用などの高額になりやすい項目については、個別の同意書とセットで運用する体制を整えておくことが、リスク管理の観点から強く推奨されます。
