「45時間の壁」は運送業なら超えても大丈夫?
「固定残業代(みなし残業代)」とは、あらかじめ決まった時間分の残業代を、毎月の給与に含めて支払う制度のことです。
一般的に、固定残業代を導入する際には、時間数を月45時間程度に収めるのが無難だと言われています。
これは、働き方改革関連法における原則的な残業上限が月45時間であることを意識したものだと思われます。
しかし、運送業界の経営者様からは、「運送業は他業種より残業時間の上限規制が緩いのだから、固定残業代(みなし残業)の設定時間ももっと長くしていいのではないか」というご質問をよくいただきます。
たしかに、2024年4月からの上限規制においても、自動車運転業務は年960時間という他業種より広い枠が認められています。
しかし、法的に「残業ができること」と、固定残業代として「その時間を設定することの有効性」は、実は全く別の問題です。
今回は、固定残業代の設定時間における「安全圏」と、業種を問わず裁判所が厳しくチェックしている基準について解説します。
裁判所は「業種の特殊性」を考慮しない?
結論から申し上げますと、固定残業代の設定上限について、裁判所が「運送業だから長くてもよい」と明示的に認めたケースはほとんどありません。
たとえ36協定上の上限が他業種より長く設定されていても、固定残業代の有効性を判断する際の物差しは、他の業種と同じ基準で測られる傾向にあります。
そのため、「一般の業種で45時間が目安なら、運送業なら80時間でもセーフだろう」という考え方は、法的な紛争になった際には非常に危険な賭けとなります。
常に意識される「月80時間」という過労死ライン
裁判所が固定残業代の有効性を判断する際、強く意識していると思われる数値が「月80時間」です。
これは脳血管疾患や心疾患を発症させる恐れがある、いわゆる「過労死ライン」の認定基準です。
多くの裁判例において、この水準を超えるような固定残業代の設定は、公序良俗に反する、あるいは労働者の健康を著しく損なう制度として、無効とされるリスクが極めて高いとされています。
「仕事の性質上、それくらいは走る」という現場の論理よりも、労働者の健康保護という観点が優先されるのが現在の司法の潮流です。
ドライバーの健康維持や安全向上の観点から、労働時間の削減とそれに見合った効率的な運行管理に真摯に取り組むべき局面を迎えています。
実務上アドバイスできる「限界値」
では、具体的に何時間までなら設定が可能なのでしょうか。
法律上の原則論から言えば、月45時間を超えない範囲での設定が最も安全であることに変わりはありません。
もし、現場の実態に合わせてどうしても長く設定しなければならない場合でも、上限は「60時間」までが限界だと考えるべきです。
60時間を超える設定は、たとえ運送業であっても裁判所から「長時間労働を助長する制度」とみなされるリスクが飛躍的に高まります。
また、60時間を超える法定時間外労働に対しては、割増率が50%に引き上げられている点も、コストとリスクの両面から考慮しなければなりません。
「固定残業代=働かせ放題」ではない
固定残業代制を導入する際に最も重要なのは、それが「残業を固定化する仕組み」ではなく、あくまで「計算の便宜や待遇の安定」のための仕組みであるという認識です。
設定時間を長くすればするほど、会社はその時間分の労働実態を証明する責任を重く背負うことになります。
もし設定時間を大幅に超える労働が常態化しているのであれば、それは手当の増額で解決するのではなく、運行計画の見直しによって労働時間そのものを短縮すべきサインです。
最後に
貴社の固定残業代の設定時間は、現在の司法判断の基準に照らして「安全」と言える範囲でしょうか?
「2024年問題」に対応した適正な賃金設計と、リスクを抑えた就業規則の見直しについて、一度プロの視点から点検してみることをお勧めします。
