ドライバーがトラックを洗車するための時間に賃金は発生するか?

「指揮命令下」の法的解釈と未払い残業代リスクへの実務的対応

車両を業務に使用する企業にとって、車両の美観維持は顧客からの信頼に直結する重要な要素です。

しかし、その「洗車」に要する時間が労働時間に含まれるのかという問題は、現場の慣行と労働法規の乖離が最も生じやすい領域の一つです。

本稿では、洗車時間の労働時間性を巡る判断基準を、最高裁判例の法理に基づき解説するとともに、実務上の具体的なリスク管理について詳述します。


結論:労働時間判断の「一律禁止」か「業務組み込み」か

結論を端的に述べれば、洗車時間が「労働時間」に該当するか否かは、形式的な名称(ボランティア、清掃時間、準備時間など)に関わらず、「使用者の指揮命令下に置かれているか」という客観的な事実によって決まります。

実務上、以下のいずれかに該当すれば、その時間は労働時間としてカウントし、賃金を支払う義務が生じます。

  1. 直接の指示がある:「始業前に洗車を完了させておくこと」といった口頭・書面での命令。
  2. 黙示の指示がある:洗車をしないと業務に支障が出る、あるいは「車両は常に清潔に保つべし」という社内規範があり、洗車をしないと評価が下がるなどの事実上の強制力。
  3. 管理下での実施されている:会社の敷地内で、会社が提供する道具を用いて、特定の時間帯に行われている。

多くの中小企業で見られる「従業員が自主的に早く来て洗っている」という状況であっても、会社側がそれを認知しつつ制止していない場合は「黙示の指示」と認定されるリスクが極めて高いことを認識しなければなりません。

「指揮命令下」とは?

労働基準法における労働時間の定義について、押さえておくべき最重要の判例は、前述の三菱重工長崎造船所事件(最一小判平12年3月9日)です。

(1) 客観説の採用

この判例は、労働時間にあたるかどうかは「就業規則にどう書いているか」ではなく、「客観的に見て、労働者が自由を制限されているか」で決まるとしました。

たとえ、就業規則に「洗車は労働時間に含まない」と書いていたとしても、それだけで法的な支払い義務を免れることはできません。

(2) 「不利益」の有無

洗車をしなかった場合に、上司から注意を受ける、あるいは人事評価に響くといった状況があれば、それはもはや「任意」ではなく「強制(義務付け)」です。

この「義務付け」には、明示的なものだけでなく、「やらざるを得ない状況」も含まれます。

たとえば、汚れが激しい車両での運行を事実上禁止している場合、洗車は運行のための不可欠な準備行為(付随業務)とみなされます。


洗車時間を巡る主な争点と具体的ケース

実務でよく問題となる3つのケースを深掘りします。

始業前の「サービス洗車」

多くのドライバーが始業点検の前や、点呼の前に洗車を行います。

これが「ドライバーが自主的に早く出社して洗車をしている」という主張であっても、もし会社が「きれいな車で出発すること」を強く奨励しているならば、その時間は労働時間とされる可能性があります。

終業後の「居残り洗車」

業務終了後に「明日のために」と洗車を行うケースです。

これは、次の日の業務効率を上げるための「準備行為」とみなされます。

特に観光バスなど、タクシー、食品の配送車など、汚れを放置したまま翌日の業務に入ることが事実上不可能な業種では、終業後の清掃も業務の一環と判断される可能性が高くなります。

休日や自宅付近での洗車

タクシー業界では、「自宅近くのガソリンスタンドで、休日に洗車して領収書だけ精算している」というケースもあります。

これは場所的拘束性が低いため労働時間から除外される可能性もありますが、「会社が領収書を精算している」という事実は、会社がその行為を業務として認めている証拠になり得ます。

未払い残業代リスクと「2024年問題」

運送・物流業界においては、「2024年問題」による時間外労働の上限規制の適用に伴い、労働時間の把握がこれまで以上に厳格化されています。

積み重なる「15分」の恐怖

仮に1日の洗車時間が15分だとします。

1か月20日稼働であれば、月に5時間の残業が発生します。

これが数年分、かつ全従業員分となると、未払い残業代の請求額は膨大な額に膨らむ可能性があります。

「たかが15分」と高をくくっていると、思わぬ損害を被るおそれがありますので注意が必要です。

トラブルを防ぐための3つのステップ

社労士の視点から、推奨される対策を提案します。

現状の可視化とルールの明確化

まず、「誰が、いつ、どこで、どのくらいの時間洗車をしているか」を調査してください。

その上で、以下のいずれかのスタンスを明確にします。

一つは、タイムカード打刻後に(または打刻前に)洗車を行うことを認め、正当な残業代を支払う方法です。

もう一つは、洗車をあくまで自主的な任意の活動と位置づけ、労働時間から除外することです。

後者の場合は運用方法によって賃金未払いのリスクがあることに注意が必要です。

就業規則と運用の一致

「洗車は任意とする」と規定しながら、実際には洗車を強要するようなダブルスタンダードを排除します。

任意とするならば、洗車をしなくても一切の不利益が生じないことを徹底し、管理職への教育も行う必要があります。

外注化の検討

コストパフォーマンスの観点から、従業員に時給(+割増賃金)を払って洗車させるよりも、プロの洗車業者に委託したり、自動洗車機を導入したりする方が、トータルの労務コスト(および法的リスク)を抑えられるケースが多々あります。

持続可能な労務管理に向けて

「洗車くらいで労働時間だなんて」という旧来の感覚は、現在の法整備・司法判断の下では通用しません。

労働時間の定義が「使用者の指揮命令下にあるか」という客観的事実に立脚している以上、企業は「自社の管理下で行われているすべての活動」に対して、責任を持って時間を管理する必要があります。

適切な労働時間管理は、単なる法遵守(コンプライアンス)に留まらず、従業員のワークライフバランスの適正化、ひいては人材の定着率向上につながります。

なお、本稿で示した内容は一般的な解釈に基づくものです。

実際の事案では、会社の指示やマニュアルの内容、点呼記録との整合性など、より微細な事実関係が判断を左右します。

「自社の状況が法的リスクを孕んでいないか」の最終的な判断は、必ず顧問社労士等の専門家にご相談ください。

この記事を書いた人

新潟市出身。上智大学外国語学部卒業、一橋大学法科大学院修了。物流業専門の社会保険労務士。2023年に「いろり社労士事務所」を開設。トラック運送業、観光バス業、倉庫業に特化した支援を行っている。紛争を未然に防ぐ規程作りや労務管理を得意とし、単なる手続き代行に留まらない経営サポートを展開。2024年問題などの業界特有の課題に対し、経営者の良き理解者として現場に即した実務的な解決策を提案している。福岡市在住。

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