ドライバー不足が続く中、現場でトラブルを抱えたドライバーが感情的になり、「もう辞める!」と吐き捨ててそのまま出社しなくなってしまうという事態は、決して珍しいことではありません。
会社側としては、速やかに退職手続を済ませてしまいたい場面もあるかもしれません。
しかし、このような「退職日が曖昧な状態」での処理には、後に大きな紛争に発展しかねない法的な落とし穴が潜んでいます。
「退職の合意」が成立するタイミングとは?
法律上、合意が成立するためには「申し込み」と「承諾」という2つの意思表示が合致する必要があります。
一方が「こういう条件で契約したい」という申し込みを行い、もう一方が「その条件で分かりました」という承諾をすることで、初めて合意が完成します。
今回の退職のケースに当てはめると、従業員の「辞める」と発言し、会社の「認めます」と返答すれば、それが申し込みと承諾になり、退職の合意が成立するようにも思えます。
しかし、合意が成立するためには、その内容が具体的に決まっている必要があります。
特に労働契約を終了させる場合、「いつ辞めるのか」という退職日は契約内容の核心部分です。
今回のケースのように、従業員が勢いで辞めると言っただけで、具体的な日付を口にしていない場合、まだ退職の条件は確定していません。
そのため、会社が後から日付を指定して書類を送る行為は、元の申し込みを承諾したことにはならず、むしろ会社側から「この日に辞めるという条件でどうですか?」という「新たな申し込み」をしている状態になります。
この状態で会社側が「それでは有給消化後の〇月〇日を退職日とします」という承諾書を送ったとしても、それは法的には「会社からの新たな提案(申し込み)」に過ぎません。
つまり、その書類に従業員が署名・捺印をして会社に返送し、会社に届くまでは、退職の合意はまだ完成していないと考えるべきでしょう。
放置できない「意思撤回」のリスク
退職の合意が成立していない期間、会社は常に「意思の撤回」というリスクにさらされることになります。
実際、書類を送付してから返送を待っている間に、「やっぱり辞めるのはやめた」と主張し始めるケースは考えられます。
あるいは、会社が一方的に日付を決めたことを逆手に取り、「自分は辞めると言ったが、あの日付で辞めるとは言っていない。勝手に退職にされたのだから不当解雇だ」と訴えてくることさえあります。
また、運送会社にとって、代わりのドライバーの確保や配送ルートの調整は死活問題です。
退職が確定したと信じて新しいドライバーを雇った後に撤回されてしまうと、過剰人員を抱えることになり、大きな経営的損失につながります。
運送会社が実践すべき防衛策
こうしたトラブルを未然に防ぐためには、どれほど急ぎであっても、手続の順序を飛ばさないことが肝要です。
まず、本人が「辞める」と口にした際は、その場ですぐに、あるいは速やかに電話や対面で、具体的な退職の意思と希望する退職日を確認しなければなりません。
その上で、会社が一方的に書類を送りつけるのではなく、必ず本人に「退職届」を記入させ、それを回収することを目指しましょう。
「退職届」という形で具体的な日付入りの署名が手元に届いて初めて、会社は「退職が確定した」と判断し、次の採用や車両の配置計画を立てることができるようになります。
特に、以前からトラブルがあった従業員であれば、後から「強要された」と言われないよう、慎重かつ事務的に手続を進める姿勢が求められます。
書面主義が会社と現場を守る
「言った・言わない」の争いは、最終的に会社側の時間とコストを奪う結果になります。
感情的になっている従業員に対して書面のやり取りを求めるのは骨が折れる作業ですが、これを怠るリスクに比べれば、必要なコストと言えるでしょう。
もし現在、自社で使っている退職関連の書類が「会社が一方的に通知する形式」になっているのであれば、それを「双方が合意したことを証明する形式」へ見直すことをお勧めします。
また、無断欠勤が続いた場合に自動的に退職として扱う「自然退職」の規定が就業規則にあるかどうかも、この機会に確認しておくと安心です。
貴社の就業規則や退職合意書のフォーマットが、現在の法律や実務に即したものになっているか、一度細かくチェックしてみませんか。
具体的な文言の修正や、トラブル発生時の初期対応のアドバイスなど、いつでもお手伝いさせていただきます。
