競業避止義務とは?
競業避止義務とは、現在勤務している会社と競合する会社に就職したり、自ら事業を営むことによって、現在勤務している会社の営業・技術分野と競争的な性質の行為をしてはならないという義務を指します
運送業において、退職したドライバーによって顧客やノウハウが競合他社に流出することは、企業経営に大きな損害をもたらす可能性があります。
従業員の転職が多い運送業において、企業秘密や顧客情報を保護するための競業避止義務の対策は特に重要です。
ここでは、運送業のトラックドライバーに対し競業避止義務を課すことの可否や、違反時の具体的な対応策について解説します。
トラックドライバーに競業避止義務を課すことは可能か?
雇用中の従業員には、労働契約の効果として、当然に従業員競業避止義務が生じます。
一方、退職すると競業避止義務は原則として消滅します。
しかし、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないという誠実義務(信義則)を根拠として、一定の範囲で競業避止義務が残存する場合があります。
競業避止義務は、憲法で保障された「職業選択の自由」を制限するものです。
したがって、無制限に認められるものではなく、その制限が「必要かつ合理的な範囲」にとどまっているかどうかが、裁判所によって厳格に判断されます。
退職後の競業避止義務の根拠
退職後の競業避止義務を有効に成立させるためには、労働契約上の特約、または就業規則上の根拠が必要です。
特に誓約書の取得は、合意の存在を裏付ける客観的証拠となるだけでなく、従業員に対する強力な抑止力となります。
また、万が一、義務違反が発生した場合には、民法415条(債務不履行責任)に基づく損害賠償請求や競業行為の差止請求を構成する上での決定的な法的根拠となります。
ただし、単に入社時に署名を得ただけでは「自由な意思に基づく合意」が否定されるケースも少なくありません。
より確実に法的効力を担保するためには、入社時のみならず、退職時にも改めて内容への合意(誓約書の取得)を取り付けるのが理想的です。
運送業のドライバーの場合の判断のポイント
競業避止義務の有効性は、保護されるべき会社の利益(営業秘密やノウハウ)の存在と、その情報に労働者が接する地位にあったかどうかに大きく左右されます。
ドライバー(特にルート配送などを行う者)は、顧客の名簿や取引内容に関する事項など、経営の根幹に関わる重要な情報を熟知する地位にあると判断される可能性があります。
たとえば、清掃用品レンタルのルートマンの事例で、「顧客の名簿及び取引内容に関わる事項」や「製品の製造過程、価格等に関わる事項」といった秘密情報を熟知し、営業の最前線にいた者として、秘密保持義務および競業避止義務を課されてもやむを得ない地位にあったと認められています。
したがって、トラックドライバーであっても、特定の顧客情報や取引情報を知り得る立場にある場合は、その情報を保護するために競業避止義務を課すことは可能です。
ただし、単なる運転技術や一般的な業務知識など、他からも容易に得られるような知識や情報は機密事項には該当しないため、一般のドライバーに競業避止義務を課すことは、裁判上、厳しく判断される注意が必要です。
退職後の競業避止義務の有効性の判断基準
退職後の競業避止義務の合意が公序良俗に反せず有効と認められるためには、以下の要素が総合的に検討されます。
守られるべき使用者の正当な利益の存在(利益の程度)
競業避止義務によって保護されるべき利益が、不正競争防止法で保護される「営業秘密」や、これに準じるノウハウ、顧客との人的関係等の顧客情報、技術的な秘密などであること。
労働者が在職中に得た一般的知識・技能はこれには該当しません。
労働者の地位・職務内容
秘密情報に接する立場や状況にあったかどうかで判断されます。
地位の高低や形式的な職種・職位のみで判断されるわけではありません。
制限の期間
労働者が被る不利益の程度を考慮し、合理的な期間であること。
一般的に1年以内は肯定的な判断が多く見られますが、2年間以上の長期に及ぶ規制は公序に反するとして否定される傾向にあります。
制限の区域(地域的範囲)
業務の性質に照らし、合理的な限定がなされていること。地域的な限定がないことのみをもって有効性が否定されるわけではありませんが、限定されている方が認められやすいといえます。
制限の職種・行為の範囲
禁じられる競業行為の範囲が、必要最小限度の規制にとどまっていること。
禁じられているのが顧客収奪行為であり、それ以外は禁じられていないといった限定があることが望ましいです。
一般的・抽象的に競業企業への転職を禁止する規定は、合理性が認められない傾向にあります。
労働者への代償措置の有無・内容
競業避止義務を負う対価として、高額な役職手当や機密保持手当、割増しの退職金などの経済的利益が支給されていると、有効性が認められやすくなります。
代償措置が全くない場合は、有効性が否定される一因となりますが、代償措置がなくても、その他の諸事情を総合して合理的な制限の範囲内と認められる場合は有効性が失われないこともあります。
総合的な考慮
これらの諸事情を総合的に考慮し、その制限が合理的な範囲にとどまっていると認められる場合に限り、公序良俗に反せず無効とは言えないと判断されます。
有効性の判断においては、競業避止義務によって守ろうとする会社の利益と、従業員の不利益(再就職の妨げとなる程度)とのバランスが重要視されます。
たとえば、従業員が秘密情報を知り得る立場になかった場合や、会社に独自のノウハウが認められなかった場合、また代償措置が不十分であった場合などには、たとえ制限期間が短くても、競業避止義務が無効とされた事例があります。
顧客を引き抜いたドライバーの退職金を不支給とできるか?
競業避止義務違反を理由として退職金を不支給または減額するには、前提として、就業規則または退職金規程にその旨が明確に定められている必要があります。
退職金の不支給や減額が認められるのは、競業避止義務違反が、その労働者の永年の勤続の功を抹消または減殺してしまうほどの著しい背信性をもつ場合に限られる、というのが近年の厳格な解釈です。
単に競業避止義務に違反したというだけでなく、顧客情報を利用して積極的に顧客を奪取する行為(顧客収奪行為)や、悪質な行為態様が認められる場合など、極めて信義に反する行為があった場合に、退職金の減額や不支給が相当であると判断される傾向にあります。
対策として、就業規則(退職金規程)には、退職後の競業避止義務違反があった場合に、「退職金の全部または一部を支給しないことがある」というように、減額の内容に幅をもたせた定めを明記しておくことが賢明です。
ただし、この規定を適用する際は、権利の濫用とならないよう、違反行為の重大性などを慎重に検討する必要があります。
運送業経営者が今すぐ行うべき企業防衛策
競業避止義務を有効に機能させるためには、以下の措置を徹底することが重要です。
契約書・誓約書の明確化
入社時や在職中に、競業避止義務と秘密保持義務を定めた誓約書を徴収するか、労働契約書や就業規則に明確に規定します。
この際、対象となる機密事項(顧客名簿や取引内容など)の範囲を具体的に限定し、期間、区域、職種の制限を必要最小限度に留める必要があります。
情報管理の徹底
不正競争防止法による法的保護を受けるためには、顧客情報やノウハウが「営業秘密」の三要件(秘密管理性、有用性、非公知性)を満たすよう、アクセス制限などの情報管理体制を整備しておくことが不可欠です。
代償措置の検討
競業避止義務を課す従業員に対し、職務内容や地位に応じて、機密保持手当や割増退職金などの適切な代償措置を講じることは、義務の有効性を高める上で重要な要素となります。
まとめ
運送業において、ドライバーに競業避止義務を課すことは、特に顧客情報保護の観点から合理的な制限のもとで可能です。
競業避止義務は、有効性の判断基準が多岐にわたるため、契約書や就業規則の規定を作成・適用する際には、従業員の職業選択の自由とのバランスを常に考慮し、専門的な知見に基づいた慎重な検討が求められます。
