ドライバーに対する出張旅費制度
運送業界の経営者の皆様にとって、長距離ドライバーの労働時間管理とコスト負担は常に悩みの種です。
特に2024年問題以降、いかにしてドライバーの手取り額を維持しながら、会社としての法定福利費や未払い残業代リスクを抑えるかは、喫緊の課題となっています。
こうした背景から、最近注目を集めているのが、長距離運行に対して「出張旅費(日当)」を支給する制度の導入です。
一見すると、節税にもなり、残業代計算の基礎となる賃金を下げられる魔法のような手法に見えますが、法律的には注意点もあります。
出張旅費制度の狙いと合理性
出張旅費制度とは、通常の賃金とは別に、長距離運行に伴う実費負担や心身の負担を補填するために「日当」を支給する仕組みです。
この日当は、所得税法上の「非課税所得」として扱われ、さらに社会保険料の算定基礎からも除外されるというメリットがあります。
長距離ドライバーは、運行中に食事代やシャワー代、あるいは仮眠のための諸経費など、持ち出しの費用が発生しがちです。
これらを「実費の補填」として会社が支給すること自体は、制度の趣旨として十分に合理性があると考えられます。
賃金体系の見直しに伴う「不利益変更」の壁
出張旅費制度を導入する際、多くの会社では「歩合給の料率を引き下げる代わりに、同等額を出張旅費で補填する」という形をとります。
会社側の負担を増やさずに手取りを維持する手法ですが、これは法的には「労働条件の不利益変更」に該当する可能性が非常に高い行為です。
なぜなら、出張旅費は「賃金」ではないとされるため、将来の年金受給額や、残業代の計算基礎となる金額が実質的に下がってしまうからです。
これを有効に進めるためには、ドライバー一人ひとりから「個別の同意」を得ることが不可欠となります。
単に「手取りが変わらないからサインしてくれ」と説明するだけでは足りず、将来的なデメリットも含めて十分に説明した上での、自由な意思に基づく同意でなければ、後から無効とされるリスクが残ります。
裁判所は「名目」ではなく「実態」を見る
最も注意しなければならないのは、万が一未払い残業代で訴えられた際、その出張旅費が裁判所でどう評価されるかという点です。
過去の裁判例では、一定以上の距離の運行に対して定額の旅費を支給していましたが、裁判所はこれを「実費精算とは認められない」と断じ、残業代の計算に含めるべき「賃金」であると認定しました。
たとえ会社が「旅費」という名称で支給し、税務上も非課税処理をしていても、裁判所はその実態を厳しくチェックします。
支給額が実際の負担と乖離して高額すぎたり、単に歩合給を振り替えただけのような運用実態があったりする場合、それは「隠れた賃金」とみなされてしまうのです。
制度導入を成功させるための3つのポイント
では、リスクを最小限に抑えて制度を導入するにはどうすればよいのでしょうか。
まず第一に、出張旅費規程を整備し、その目的が「食事代や諸雑費の実費補填および慰労」であることを明確に規定することです。
第二に、支給する金額の設定に、客観的な「合理性」を持たせることです。
実際のドライバーの負担実態に基づいた金額設定でなければ、実効性は薄れてしまいます。
そして第三に、賃金体系の変更に際しては、メリットとデメリットの両方を具体的に明記した書面を用い、丁寧な合意形成のプロセスを踏むことです。
専門家と連携した慎重な設計を
出張旅費制度は、正しく運用すれば会社とドライバーの双方にメリットをもたらす優れた制度になり得ます。
しかし、安易に残業代削減の道具として導入してしまうと、数年後に多額の未払い残業代を請求されるというブーメランとなって返ってくる恐れがあります。
税務署や労基署から指摘を受けていないからといって、裁判で勝てるとは限りません。
自社の運行実態に合わせた無理のない規程作りと、ドライバーとの誠実なコミュニケーションが、長期的な経営の安定につながります。
現在検討されている制度の内容が、将来の法的リスクに耐えられるものかどうか、一度専門的な視点から精査してみることをお勧めいたします。
貴社の状況に合わせた最適な運用ルール作りを、私たちが全力でバックアップいたします。
